僕が学生だった頃は今から20年以上前になる(自分で書いていて、ぞっとす
る……)。僕も、悩み多き学生の御多分に洩れず「人生いかに生きるべきか」
などということを考えていたものだ。
人類の長い歴史があり、頭のいい人も数えきれないほどいるのだから、たぶん
「正しい生き方」いうものがあるに違いないと思っていた。図書館や本屋さん
に通っては「人生論」に関する本を読み漁っていた。
しかし、結局「正しい生き方」なるものは発見できずに終わった。
確かに尊敬できる生き方はある。
それは、歴史に名を残すような有名人でなくても、自分の身の回りにもいる。
でも、それら尊敬できる人の生き方をそのままコピーすることはできない。時
代背景も違うし、能力も性格も考え方も違う。結局どう生きるべきかは、それ
ぞれの人が自分の頭で考えるしかないのだ。
最近、中学生の息子に勉強を教えることがある。
僕は算数と理科が大好きだが、息子は大の苦手だ。簡単な問題さえ解けない。
僕が少し教えるとかなり解けるようになる。そういう意味では、若い人達に適
切なサポートは必要である。
しかし、こうやって簡単に手助けをするから、自分で考えたり、解き方自体を
自分で探したりといった態度が育まれないのだと思う。僕は小学校の同級生が
15人しかいない山村の出身だから塾に通った経験もない。親戚にも大学に行っ
た人もいない。答えの導き出し方も勉強の仕方も、何もかも自分で考えるしか
なかった。
そういった、自分で考え、自分で解を見つけ出すといった態度が、職を転々と
しても何とかやってこれた理由ではないかなと思っている。
昔から、日本の教育の方法は厳しい。職人さんの世界では若い人に何も教えな
いのが一般的だ。すぐに出来るようになるより、自分自身で考え、自分で解を
導き出す態度を養っておくことの方が、遠回りをしているようで実は生きて行
く上では最も重要だということなのだろう。
西洋式の理論や方法がもてはやされるが、日本の伝統ややり方には真を突いて
いるものが多いと思う。
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