私は企業の管理職研修をやることが多い。管理職研修で、「ダメな部下の特徴を挙げてください」とお願いすると、どこの会社でも次のような答えが返ってくる。
<強み>
まじめ
言われたことはキッチリやる
自分の得意分野は良く知っている
<弱み>
人間関係が作れない
主体的に動けない
場が読めない
これを見て分かることは、いかに適切な家庭教育ができてないかということだ。特に弱みに注目してもらいたい。これらの殆どは遊んだり、手伝いをしたりする中で身につくことばかりである。想像できるのは、遊びも手伝いもせずに「まじめにやりなさい」「塾に行きなさい」と言われ、それをそのまま言われた通りにやって育ってきた子供達の姿である。
この中でも「場が読める」ということは仕事をする上で極めて大切な能力だ。「勘がイイ」とか「気がつく」という言葉と同義かもしれない。スケートの浅田真央選手を指導する山田コーチが「上手くなる選手はどういう選手か?」と聞かれ、「頭がいい子よ。勉強ができるかどうかじゃなくて、コーチが何をしてもらいたいと思っているか、次は何をすべきかが状況をみて分かる子。勘がイイ子よ」と答えておられた。
仕事も全く同じだと思う。お客様が何を望んでいるか。上司が何をしてほしいと思っているか。職場で自分はどう動くべきか。常に意識が自分以外の所にある人は仕事ができる。逆に自分のことしか考えていない人は、いくら頭が良くてもボーッとした感じがする。
先日、運動部系の学生が主催する就職説明会に参加した。本当によく気がつく子ばかりが集まっていた。懇親会でもビールはついでくれる、食事は取り分けてくれる、カバンは持ってくれる。私はそんなことをしてもらいたいわけではないが、常に自分のことは後回しで、他人の事に意識が向いている子は気持ちがいい。
体育会系は軍隊式で、下級生は奴隷のような扱いを受けることもある。私自身が学生時代、「こんなことに何の意味があるのか。もっと人間は自由であるべきだ」と思っていた。しかし、今になって思えば、徹底的に我を捨てさせるのは、意識を他人に向けさせる訓練だったのだろう。そして、それが先人の英知として営々と続けてこられたのだろう。
自分にとっての幸せとは何か、自分は何をやりたいのかなど、いつも人は自分のことばかり考えている。先ず「自分」を捨て去ることが幸せにつながる道ではないかと思ったりする。
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