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Lounge Talk

第1部  40歳で知った、周囲への感謝の気持ち

 第2部  論理と感性

 第3部  仕事の喜びと、生きる喜び

 

國貞さん、本日はお忙しいところありがとうございます。と言っても、普段から顔を合わせているので、あまり新鮮味はありませんが(笑)

 
   
 

そうですね(笑)今日は釘さんが聞くことに素直に答えればいいんですよね?

 
   
 

はい、その通りです。よろしくお願いします。

 
   
 

よろしくお願いします。

 
   
 

「職サークル」は、企画のときから國貞さんにも、いろいろ意見を伺い、「育てるってどういうことなのか」「私たちは就職活動をする学生に何を伝えるべきなのか」そんな話をたくさんしてきました。

 
   
 

はい。最終的に「就職と、就職活動の考え方を育て」「自分で考え、行動し、決めるチカラを鍛える」コミュニティが"職サークル"である、という結論に全員でたどり着いたことは、良かったと思います。

 
   
 

"職サークル"を復活させよう、という話がもちあがったとき、4年前からコラムを書き続けてくれている國貞さんには、ぜひ関わってもらいたかったんですよ。

 
   
 

それはありがとうございます。でも、どうして?

 
   
 

4年前のコラムから、一貫して変わらないテーマがある気がするんです。それが"職サークル"の根底にある思想とも、何かが通じている気がしたんです。

 
   
 

過去のコラムテーマは「自分らしく生きる」、翌年が「生きる力」、そして「人間力」最後の年が「キャリア・デザイン」。……確かに、"人"の"生き方"ばかりですね(笑)

 
   
 

はい。一貫していたのは「人として大事なことを、大事にしようよ」というメッセージだった気がします。簡単なことを難しく考える必要はないよ、って。この4年間分のコラムは、コンテンツ『就活記録簿』で読めるようになっていますので、読者の皆さんはぜひご利用ください。ところで、國貞さんは今でこそ、著名なビジネス講師の先生になられたわけですが、これまでの歩みを教えてもらえますか?

 
   
 

東北大学の機械工学科を卒業して、大手の鉄鋼会社に入社しました。会社員時代は「俺が俺が」タイプです(笑)。いま思えば、偉くなりたいとか、同期に負けたくないとかという思いが強かったんでしょうね。

 
   
 

へぇ。仕事で意見が対立したときは、強気で押し通すタイプだったんですか?

 
   
 

かなり頑固でしたね〜。だって、自分が正しいと信じて疑いませんでしたから。相手が上司でも同じです。ケンカばっかり。

 
   
 

上司にもですか。「早く追い抜きたい」という思いだったのですか?

 
   
 

いや、それは少なかったですね。「この仕事で大切にすべきこと」を考え、現状が違うのであれば、ハッキリと意見はいってました。

 
   
 

やっぱり優秀だったんですか?

 
   
 

優秀というより、仕事は精一杯やってましたね。成果を出しているという自負もあった。それゆえ、自己中心的な人間でした。我が強かった。

 
   
 

そのように自分を客観的に見られるようになったのは、いつですか?

 
   
 

会社員を辞め、独立してからです。

 
   
 

すぐには思い通りに運ばなかったからですか?

 
   
 

はい。食いつなぐのがギリギリでした。食えないって、何を意味するかわかりますか?  食えない、稼げない、というのは、誰にも貢献できていない、誰にも必要とされていないことを意味するんです。しみじみと、自分の無能さ、力の無さを感じました。所詮、先輩たちが築いてきた歴史やノウハウが既にある会社という組織の中で、調子に乗っていただけなんだな、ということに気づいてしまったんですよ。恥ずかしいですが、このときに初めて、周りの人たちに対する心からの感謝の気持ちを知ったのかもしれません。40歳のころでした。

 
   
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